カテゴリ:ロック( 46 )

一所懸命生きてると良いこともほんとあるもんなんだなというお話。日本建築家協会の全国大会でのだしものとして結成されたすご〜いバンドでしたが何とひょんなことからバウハウスでライブしてしまいました。バウハウスって言ったらあなた、アラフィフの聖地ではないかと勝手に思ってますが70〜90年代の洋楽ロック大好きな人で知らない人はいないというライブハウスです。以前まっちーに連れてってもらって以来何度か(と言っても2度・苦笑)訪れてるのですがまさかそのステージに自分が立てるなんて考えたこともなかったですよ。BACK IN THE DAY VOL.2という企画でこれがその時の様子。
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僕はいい感じに隠れてます。これで他のメンバーの皆さんのように上手に演奏できてたら本当に最高なんだけどやっぱりトチってしまったわけです。明らかに練習不足ですわね。練習不足で臨んでるので申し訳なさと恥ずかしさから一刻も早く終わりたいという気持ちとだけど皆さんと演奏できてる幸せ感でもう少しやっていたいなんて気持ちが混ぜこぜにあって結局あっという間の30分でした。この日のために9月半ばから選曲して一から練習した曲が4曲もあって我ながらよく頑張ったなと思いますよ。ちなみに当日のセットリストです。

1 Venus /Shocking Blue
2 Smoke on the Water /Deep Purple
3 Paranoid /Black Sabath
4 All Night Long /Rainbow
5 Highway Star /Deep Purple

5をやるって言われた時は正直固まったというか速すぎて無理〜って思いましたが人間やればできるもんなんですね。むしろ意外に難しかったのは2でした。ギターソロの裏でランニングしまくるベースラインたった16小節なのにぜんぜん覚えられなくて直前まで練習してたんだけどそれが良くなかったね。結局1小節目からトチって頭真っ白になってそのまま帰ってこられなくなりました。小心者はダメだね。二度目は無いだけにこれが一番悔しかったな。まあでも本当に楽しかったな。さて年末未だに落ち着きませんが終わりよければとなることをひたすらサンタさんに願うのみ。今日は西郷どんの最終回だけどここらでよかろうかい。

by uegaito | 2018-12-16 13:09 | ロック | Comments(1)
最近のフジ月9は硬派&シリアス路線でせっかく良い感じのが続いていたのに久しぶりにダメなドラマが戻ってきましたね。タイトルとか主演が誰とかは書きませんがこんな資格者を冒涜したドラマは即刻打ち切りにして欲しいレベルです。まあいいやこの話はテンションが続いてればまた改めて書くことにします。さて大学3年生以来30数年ぶりにバンドをすることになったって話。その前に学生時代のバンドの名前が「あちょー」だったことをここで書いておきます。あちょー。なんていい加減な名前だこと。ライブの日のリハで音の調整をして下さるPAの方に「次、あちょーさんお願いしま〜す」って言われたとき心底後悔したものです。ということで30数年ぶりのバンド(しつこい)の話。メンバーは建築家の大川宗治さん(G)と彦根明さん(Dr)、おおすごい。そして浅尾悦子さん(Vo)に筒井信也さん(Key)。えええ???外苑前に日本建築家協会(JIA)という建築家ばっかりが集まっている公益社団法人があるんですが浅尾さんはそこの関東甲信越支部事務局長で筒井さんは専務理事です。それに上垣内(B)の5人。バンド名は「すご〜いバンド」。またかって?今回の名付け親は僕ではありませんので。なんでこんなことになったかというとJIAは毎年全国の会員がどこかの都市に集まって基本的には真面目に建築や都市のことを考えたり議論したりする大会を開いてるのですが一昨年の大阪大会の大懇親会で翌年の徳島大会実行委員メンバーがPRのためにバンド演奏をしたところえらい盛り上がっていったいどのくらい盛り上がったかというとゲストで来ていた海外の建築家の方々がおれにも歌わせろ的なくらいらしくじゃあ来年の徳島大会でバンド大会やっちゃうかとかなって関東からもバンド出してよってことで前々からシャウトがスゴいと噂の浅尾さんを筒井専務がノセて更にいくつもバンドやってて上手な大川さんと彦根さんが誘われてそう言えば上垣内さんベースやってたって言ってたよねって引っ張り込まれてできた次第。やってたのは30年前ですよって言ってもいいからいいからと。皆さんとっても上手なのに一人だけど素人同然で入ることになってとにかく申し訳なくてって感じで今に至ってると。おまけに大阪の懇親会時におれにも歌わせろと言ってたタイの建築家ヌイさんも徳島で歌うからこの曲とこの曲を練習しといてくれとか連絡来たりして。徳島大会では地元四国支部のバントに東北支部のバンド、僕ら関東甲信越支部のバンドが出て、地下のライブハウスが入りきれないほどの満員になったもんでまた大変。こんなに盛り上がるんじゃ今年の東京大会でもやるか!ってバンドパーティとして非公式ながら公式プログラムになってしまったという冗談みたいな話。東京大会も満員御礼の大盛り上がりでこりゃ来年の弘前大会でも続けるぞーって。ということで月イチくらいでスタジオ入って練習してるのです。基本的に仕事が軌道に乗るまでは趣味は封印してたんだけど独立18年経っても軌道になんか乗ることもなく何が趣味だったかも忘れかけてたのでこうやって誘われたのは有り難くてそれなりにいい気分転換になってたりしてます。仕事で結構大変な問題が起きた日に練習があったりするとメンタルの弱い僕は演奏にモロに影響したりして苦言を呈されたりしてます。30年のブランクはやっぱり大きいんだけど三つ子の魂百までってのか閾値を超えた練習をしてたからなのか全然弾けなくなってるわけではなかったりして不思議なものです。課題曲を覚えるまでは本当に大変なんだけど覚えると他の皆さんは安定的に上手なので気持ちいいくらい楽しいものです。この話もう少し続きます。たぶん。
by uegaito | 2018-11-09 12:00 | ロック | Comments(0)
極めて散漫なこのブログ、シリーズなの?と思わせて途中で放置って話がいくつもあるんですが最近では一時キッスの話をわーっと書いてぱたっとやめてたりしてます。で、その話を再開するのかと思いきやそうではなくてですね、大学入学してエレキギター買ってバンド始めたって書きかけてやめてるのでその話を続けたいなと。18歳でグレコのジョンサイクスモデルの黒いレスポール買ってオレもエースみたいに弾けるようになるぜ〜って練習したんですけど時代はヴァンヘイレンを筆頭に速弾き&タッピング全盛期、戸惑ってるうちに幼なじみのタブキンがいとも簡単に速く弾くもんだから僕もいとも簡単に諦めましてすぐにベースに転向しました(笑)。で二人でバンドやろうぜということでメンバーを探しまして、まあここから先は色々あったのでいちいち書きませんが大学最初の年はキッスやラット、モトリークルーといった当時のヘビメタコピーバンドをやってました。最初に買ったベースはアリアプロIIのショートスケールでしたね。なんでだろ。手が小さいことを気にしてたのかな。でまあヘビメタなんですがこれが割とヴォーカルが難しいようなんですね。確かにみんな高音シャウト系でしたから普通の男子にはとても歌えなくて女子に歌ってもらってたのですがそのうちだんだんもう歌いらねんじゃねみたいな気分になってきてフュージョンに手を出すことになります。ちょうどまたこれが時代はNHKでベストサウンドなんかが始まったりしてヘビメタとフュージョンの垣根がぐっと取り払われた時期だったってのもあるんだろうね。元々浜田麻里姐さんにハマってそのバックで激しいベース弾いてるの誰この人って感じで鳴瀬喜博先生と出会ってしまったこともあってアリアプロIIのショートスケール弾いてる場合じゃないぞこりゃって今でも使ってるアイバニーズのスペクターっぽい形のモデルに買い換えてチョッパーとかやり始めたわけです。でバンドもギター・ベース・ドラム以外を一掃してギターとキーボードが加わった男ばっか5人編成でスクエアとか高中とかやるようになっちゃって。大学3年の秋までやってたんだけどその頃から専門科目もどんどん課題が大変になってくるわ設計事務所でのバイトも楽しくなってくるわでバンドどころじゃなくなって確か1986年の成蹊大学の学祭で演奏したのを最後に解散。32年も前ですね。その後はバンドを組むこともなくぼけ防止と気分転換に軽く弾くくらいになって今に至ってるわけですがここにきてなぜか急にバンドすることになりました。30年振りですからそら大変です。楽譜どころかタブ譜見てもさらっとは弾けなくなってますからね。ああもうこんなに長文になってしまった。今宵はここらでよかろうかい。よくない?すみません必ずこの先は書きますので。
by uegaito | 2018-11-07 14:21 | ロック | Comments(0)
忙しいときこそストレス解消ということで引き続きキッスの話書きます。普通の人と2周半くらい遅れて高校3年生でキッスのファンになったわけで最初の新譜はヘヴィ路線の『地獄の回想』でしたね。前作『暗黒の神話』からひっそりエースの代わりを務めていたヴィンセントクサノがヴィニーウィズヴィンセントとせっかく名前新たに頑張ったのにあまりにきかん坊の自己中野郎だったためにたったアルバム1枚でクビになりまして翌1984年発売の『アニマライズ』ではキッス初の西海岸出身マークセントジョンなる無名のギタリストが3代目リードギタリストとなりました。時はLAメタル全盛期ですからヴィニーもそこそこの早弾きさんでしたがこのマークは尋常じゃない早弾き野郎でして32分音符とか弾いちゃうのだそうです。だそうですというのは僕には聴き取れなかったからです。とにかくそんな話題性に事欠かない時代にキッスのファンになってたシンイチ君(19)は次の新譜『アニマライズ』発売が待ち遠しくてたまりませんでした。もうね、予約してた新譜を手にした時は天にも昇る気持ちで聴いたわけです。1曲目の『アイヴハッドイナフ/I've Had Enough(Into the Fire)』のカッコいいこと!前にも書きましたが80年代のハード路線キッスは82年の『暗黒の神話』から85年の『アサイラム』までアルバムトップの曲がだいたい同じようなポールスタンレーのザ・ヘヴィメタルな曲を持ってきててその中でも僕は未だに何度聴いてもカッコいいなと思うのがこの曲ですね。疾走感のある16ビートにカッティングのようなリフで始まりいきなりマークさんの超早弾きソロなわけです。キッスの曲でヴォーカル入る前にギターソロが入る曲ってあまり無いのですがこの曲はキマってましたね〜。ただですね、いまになって思うのはこの曲以外はあまりぱっとしなかったってこと。シングルカットされたのは『ヘヴンスオンファイヤー/Heaven's On Fire』と『スリルズインザナイト/Thrills In the Night』だったと思いますがもちろん悪い曲じゃないんだけどなんかイマイチしっくりこないっつうか。後年本人たちから明かされたその原因てのは実はこの頃ジーンはほとんどキッスの仕事をしてなくてアルバムにも歌ってる以外参加してなかったのだそうです。ひどいね。なのでアルバムはポールの単独プロデュースだと。この『アニマライズ』に至る前までも何度もキッスは仲間割れの危機を経験するのですがそのたびにそれを乗り越える原動力となったのはポールスタンレー先生でして彼こそがザ・キッスなわけですね。それはそれで良いし78年のソロアルバムにしてもその後のソロアルバム『LIVE TO WIN』にしてもカッコいいのは間違いないんだけどやっぱりキッスってのは4人の個性的なキャラがあってのバンドだったのでポール単独色が強いのはキッスとしてはやっぱりどこか物足りないものなのですね。『アニマライズ』はまさに孤軍奮闘するポールのバンドのアルバムだったということです。がんばれポール。ただし彼が頑張りすぎるとどんどん商業路線になっていくんだよな。それはこいつの存在無くして語れないんですね〜。デズモンドチャイルド。しかし止まらんなこの話。ということで、今日はこのへんにしておきましょうか。
by uegaito | 2018-02-19 20:44 | ロック | Comments(0)
『アライヴ2』の後に買ったキッスのアルバムが何だったかはもう本当に完全に思い出せないので印象的な順にその頃の思い出を書くことにします。キッスの名盤と言えば『地獄の軍団/Destroyer』というのはファンの間ではほぼ意見の一致するところでしょう。スタジオ盤で通算4枚目、直前に出たライヴ盤『地獄の凶獣/ALIVE!』で一躍スターダムにのし上がったキッスがその地位を不動のものにしたまさに名盤だと僕も思います。『デトロイトロックシティ』『雷神/God of Thunder』『ベス/Beth』『狂気の叫び』などライヴの定番が多く収録されている1976年発売のアルバムですが僕はB面トップの『燃えたぎる血気/Flaming Youth』が大好きでしたね。ギターソロだけ変拍子になる不思議な曲ですがとにかく若さと元気いっぱいでこの頃でしかできない曲だと思いますね。『地獄の軍団』はそれまでのストレートでシンプルなロック中心の3枚のスタジオアルバムとは打って変わってアルバムオープニングがSEで始まったりハモりのきれいなツインリードのギターソロがあったり少年少女合唱団のようなコーラスが入ってたり変拍子があったり当時の彼らにしては相当実験的な要素が鏤められてました。作り込むことで当時有名だったプロデューサーのボブエズリンのアイデアという話も聞いたことがありますがこのボブエズリンてこの後1992年の『リヴェンジ/Revenge』で再登板します。この『リヴェンジ』ってのがまたせっかくヘヴィ路線に転換して素顔も晒したキッスがまたもや妙な商業ロック路線になってしまっていった80年代後半をばっさりと切り捨ててヘヴィ&ダークに戻った原点回帰のアルバムでして僕はこれも名盤だと思っています。つまり節目節目でキッスにとって重要な役割を果たしたプロデューサーなんだけど不思議とキッス自身はあまり評価してないみたい。想像するにあれせいこれせいと指示がうるさいんだろうね。かくして『地獄の軍団』の次のスタジオアルバム『地獄のロックファイヤー/Rock'n Roll Over』では『地獄の凶獣』のプロデューサーだったエディクレイマーに戻ってます。この『地獄の軍団』を買ったのは大学入ってご褒美に買ってもらったステレオ(というのも懐かしいがきっとコウメたちには想像がつかないだろうな)が来てからだったので1984年だな確か。しかしご褒美にステレオ買ってもらうってどんだけ甘えてたんだろうな自分。ほんと申し訳なく思いますがいま自分がコウメたちにそれできるかというときっと無理だろうから親父を超えてやるぜどころじゃないわな。なんでキッスの話から自己反省にならねばならぬのか。ともあれ大学に入ったら割の良い家庭教師や塾のバイトに精を出して憧れのギターを買いました。さすがにこれは自力で買ったね。真っ黒なボディにミラーのピックガードのレスポール、グレコのジョンサイクスモデル。普通キッス好きならレスポールでもサンバーストとかそれかフライングVとかだろうと思うんだけどホワイトスネイク聴いてるわけでもないのにジョンサイクスモデルでしたね。これはもうすっかりボロボロだけど今でも手元にあってたまにいじってます。エレキギター買ったら次はもうこれしかないでしょう。バンドね。というあたりで、つづ・く。
by uegaito | 2018-01-29 09:09 | ロック | Comments(0)
さて誰も期待していないシリーズに戻ります。これ書いてるうちにだんだん思い出してきたんだけど高校生の頃はまだネット通販なんてありませんでしたから(そもそもCDがまだ出てない)とにかくレコード買うにはレコード屋に行って在庫のあるのを買うか注文したり予約するしかなかったわけです。タワーレコードみたいな巨大なレコード店も確か東京に出現したのは大学3年生くらいだったと思うんだよな。なのでむしろどうしても欲しいやつ以外はレンタルレコード店のお世話になったものです。友&愛ね。懐かしい。レコード借りてきてカセットテープにダビングして聴くのが当時は主流だったですかね。コウメやハッパにこの話しても全く何言ってるかわかんないだろうね。いやはや隔世の感ってこういうのを言うんだな。そういう感じで小遣いもらうごとにこつこつキッスのLPを買い集めていったわけですが『キラーズ』『地獄の回想』『暗黒の神話』と来て次に何買ったんだっけな。もう全然覚えてないので仕方ないから適当に話を作ることにします。いいじゃないのどうせ適当なことしか書いてないんだから。『地獄の回想』で素顔になったキッスは折からのMTVブームにうまいこと乗ってそれなりに復活を果たします。そんな中で元々彼らはライブアクトとしてブレイクしたってことを知ってライブ盤を買うことにしました。ここで『地獄の凶獣/ALIVE!』を買うのが順当な気もするんだけど僕は『キラーズ』収録曲の中で『デトロイトロックシティ』『ラヴガン』あたりに強い興味を持ったこともあって1978年発売の『アライヴ2/ALIVE II』を買ったわけです。そうそう確かにそうだこれ買ったんだ。LP2枚組でジャケットを開くとライブのオープニングの様子が見開きいっぱいに印刷されてて両袖のクレーンでせり出しながら演奏するジーンとポール&エースの雄姿に震えたものです。1曲目は『デトロイトロックシティ』かっこよいんだなこれが。このアルバムはとにかくこの時代の彼らのヒット曲代表曲を丸ごとパックしたような煌びやかなラインナップでもちろんライブ盤の前作『地獄の凶獣』とは1曲も被らないサービスっぷりですからまあこのタイミングで買ったのは正解でしたね。ライブバージョンはどれもオリジナルよりずっと躍動感があってスピーディで、それが後々オリジナル盤を買ったときに複雑な気持ちになる原因にもなるのですけどね。『デトロイト〜』以外にも『ラヴガン』『愛の謀略/I stole your love』『狂気の叫び/Shout It Out Loud』などは未だに色褪せることないと思いますね。僕はね。それからこの時はなんか歌が下手なのこの人?と思った『ショックミー/Shock Me』。言わずと知れたエース様のヴォーカル初披露曲ですね。このヘタウマにはまった人のどれほど多かったことか。そして後年の素顔にとんでもなくがっかりした人もどれほど多かったことか。この70年代の頃はすらっとした体型に長いストレートの髪でシルバーのメイクでしたから一部では女性なんじゃないかなんて噂まで立ってたくらいです。後年のがっかり度はヴィニーの比では無かったかと思いますね。まあいいです。ちなみにこの頃はまだ彼は日本では「エースフューレー」と表記されていました。今では実際の発音に近い「フレーリー」になってますが当時違ってた原因は彼らの通算2枚目のアルバム『地獄の叫び』のアルバムジャケットに書かれていた日本語にあったというどうでもいいトリビア(この言葉も既に古い)です。ついでにこのジャケットはオリジナル盤自体に日本語が使われていてタイトル『地獄の叫び』も邦題ではなく原盤にも書かれていました。それが彼らのアルバムの邦題がいちいち『地獄〜』となるきっかけだったというのもマニアならではの知識であります。ってウィキ見たら書いてあるので何の自慢にもならず本当に辛い時代です。ということでつづ・く。のでした。
by uegaito | 2018-01-10 13:10 | ロック | Comments(0)

入手困難と暗黒と真夜中

一つ前の文章長いね。。。この手の話がいかに尽きないかよくわかるってもんです。さて大学受験を目前にキッスの虜になってしまったシンイチ君(18)が『地獄の回想』の次に買ったアルバムは?正直覚えてません。困ったね。ただ何となく前後の記憶をたぐると恐らく次は一つ前の『暗黒の神話』じゃないかと思うんです。ファンになったからにはまず1枚目から買わなきゃって思うところでしょうがこの頃はまだレコードでしてそんな簡単に古いアルバムが手に入らなかったんですね。最初の2枚『地獄からの使者/KISS』『地獄のさけび/Hotter Than Hell』はそもそもブレイクしたライブ盤『地獄の凶獣/ALIVE!』のおかげで発売になった3枚目『地獄への接吻/Dressed to Kill』の更に後にようやく発売されていたりしてしかもキッスは1979年当たりを頂点にして人気が下降気味でしたからね。素顔になったのは起死回生の一発ねらいだったわけです。とにかくそんなわけで過去のアルバムを手に入れるのは非常に苦労した記憶があります。中古はヤだったのでね。そうすると一番入手しやすいのが直近の発売ってことで1982年発売の『暗黒の神話』だと。このアルバムはまあなんというんでしょう最初は怖かったですね。新興宗教にしか見えなかったから。実際PVになったシングル『勇士の叫び/I Love It Loud』はそれっぽい味付けになってましたしね。でも今ではキッスのアルバムの中で最も好きなジャケットですね。トップのタイトル曲(原題は一緒だけど邦題は『真夜中の使者』)はそれまでのキッスの曲からするとそれこそ全然違うわけですが幸いにもこの頃の曲から好きになってた僕にとってはかっこいいだけで何の違和感もなかったですね。おどろおどろしくてヘヴィでとにかくかっこいい。このアルバムはちなみにファンにとっては超有名なことですがジャケットにはエースが写ってるにも関わらず一曲も彼は演奏も歌ってもいないんです。そのためにCDで再販される際にジャケットデザインが差し替えられてこれまた当時全然関与してないブルースが写ってたりしてそれがまた後々問題になったのか結局今では元のジャケットデザインに戻ってたりね。でエースの代わりにひっそり活躍してたのがヴィニーさんでして当時まだヴィンセント草野じゃなくてクサノと名乗ってた頃です。高校の同級生に草野君ていたのでなんか妙に気になったものですがさすがにKUSANOじゃなくてCUSANOでした。どうでもいいですが。それからブライアンアダムスが作曲に関わってたことでもちょっと有名です。このアルバム、今聴いても全然飽きない良い曲ばっかり入ってるのですがやっぱりタイトル曲とシングルになった勇士の叫び、それとライブの定番のウォーマシーンは良いですね。学生時代にバンドやってたときは『遙かなる誓い/I Still Love You』やったなあ。ヴォーカルの子のために僕が全部カタカナにしてあげたっけな(ここ笑うところですのでよろしく)。一方で『セイントアンドシナー/Saint and Sinner』のように大人っぽくてかっこいい曲もあったりして(これもそう言えばジーンなんだな)単なるごり押しハードロックアルバムになってないあたりが僕は好感度高いですね。そうそう勇士の叫びもライブバージョンが嫌いな曲の一つです。なんでジーンはああなっちゃうんだろうね。というくらいオリジナルの曲は本当にかっこいいんだって。つづ・く。
by uegaito | 2018-01-05 15:00 | ロック | Comments(0)

脱出と回想と神話

新年明けましておめでとうございます。このブログを書き始めて12回目の新年を迎えました。取り立てて社会にもの申すわけでもなく何やってんだろうね。さて昨年末からさりげなく始めましたキッスの思い出話、新年早々から続きを書きますのでよろしく。新譜『地獄の回想/Lick It Up』でいよいよ素顔を見せるらしいということで発売を予約して待ってるわけですがその前に最初に買った『キラーズ/KISS Killers』についてもう少し書きますのでなかなか前に進みません。たいていの同年代のキッスファンはだいたい1977年の初来日か翌年の再来日あたりでファンになってますので好きな曲とかは総じて『デトロイトロックシティ/Detroit Rock City』だったり『ロックンロールオールナイト/Rock'n Roll All Nite』だったり『ラヴガン/Love Gun』だったりするわけですが僕が最初に好きになったのは1979年発売の問題作『ラヴィンユーベイビー/I was made for lovin' you』ってところが既にやばいわけです。しかもしつこいけど発売4年後の1983年に、です。そんな奥手なシンイチ君(18)がその曲を頼りに買ったのがオリジナルアルバム『地獄からの脱出/Dynasty』ではなくキラーズってところがちょっとまあ運命を感じるというか、もしその直前のバンドのゴタゴタと4人同時のソロアルバム発売の余波をもろに受けた『地獄からの脱出』を買ってたらここまでキッスを好きになっていたか怪しいわけですね。後日順番に既にリリースされていたLPを買い進めるわけですがこの『地獄からの脱出』とその後の『仮面の正体/Unmasked』は非常に困惑した記憶がありますから。最初にラヴィンユーベイビーを好きになったくせによくもまあ偉そうにね。でベスト盤の体をなしたキラーズには代表曲がびっちり入ってて初期のロックンロールぶりが満遍なく味わえる上にその後のキッスのハードロック路線への回帰というかよりヘヴィ路線への転換をほのめかすような新曲4曲が入っていたわけですね。70年代にキッスファンになった人たちがおしなべて80年代のヘヴィ路線を毛嫌いするのとは対照的に僕は未だにこの頃の曲が大好きです。なので『地獄の回想』は僕の中ではキッスの名盤中の名盤だと思ってるわけです。きっとキッスファンの誰も同意しないでしょうけどね。だいたいタイトルからして何で回想なのか未だにわかりません。一つも回想に関係しそうな曲入ってないし。むしろ非常にいい加減で下品なタイトルの曲ばっかりでそれがまた良いわけです。『エクサイター/Exciter』なんて直訳したら「興奮してる人」ですからね。でも曲は非常にかっこいい。80年代のヘヴィ路線は前作『暗黒の神話/Creatures of the night』からアルバムのトップはずっと同じようなヘヴィでソリッドで疾走感のある曲調が続くんですがこの『エクサイター』は特にシンプルかつ硬質で僕は大好きな曲です。ところでポールスタンレーの曲はスタジオ録音とライブとであまり大きく変わらないのである意味裏切らない鉄板な名曲が多いのですがタイトル曲の『地獄の回想/Lick It Up』は例外的にライブバージョンがどうにもダメです。僕にとってはね。対するジーンシモンズは例えば『雷神/God of Thunder』や後年の『ロックンロールオールナイト』のようにはっきり言って年末の演歌歌手かよってくらいライブで歌い方をアレンジしすぎるので困る曲が多いものでして『悪魔の欲情/Fits Like a Glove』なんかもそうなわけです。ライブではもうほとんど演歌。つまりライブだけを聴いたことある人なら是非このアルバムを聴いて欲しいのね。とうとうおかしくなって辞めたエースの後任として加わったおかしな人ヴィニーヴィンセントの不協和音の影響が随所に出ていておかげでジーンもかなり狂気じみたヴォーカルになっててよろしい。こりゃとてもライブじゃ再現できないわなという感じなのです。ちなみにこの曲だけはメイクして歌った方が合ってると思うね。この『地獄の回想』はタイトル曲とB面(笑)トップの『地獄の饗宴/All Hell's Breakin' Loose』がPV製作されててどちらも何となく第三次世界大戦後の廃墟のような世界観で作られてるんですね。正直どっちでもいいんですが当時はやっぱり素顔が披露されるというのでタイトル曲がなんと言ってもドキドキしたものです。イントロからしばらくは足下しか映さずにサビで一気に顔が!エリック小せえ!な〜んて思ったものですね。懐かしい。地獄の饗宴はポールがラップに挑戦してたりしてまたかっこいいんだ。意外なのがというか歳取ってからこの曲良いなと思うようになったのが最後の2曲『ダンスオールオーヴァー』と『8日目の新世界』どちらもジーンの曲なんだけどなんだか渋くてかっこいいです。知らずに聴いたらえ?これキッスなの?って感じですが恐らくこれは彼のソロアルバムでも垣間見えた音楽の幅の広さ故ではないかなと思う次第です。そういうわけで2枚目に買ったこの『地獄の回想』でずっぽりキッスにのめり込むことになりまして以降次々に既出のLPを買いあさり始めます。大学受験は大丈夫なのか?受験を控えてるのにそれまで聴いたこともないようなハードな曲でしかも変なメイクをした方々のポスターとか部屋に貼り始めて僕が親なら気が気じゃないだろうね。ということで、つづ・く。
by uegaito | 2018-01-04 16:21 | ロック | Comments(0)
『マチ工場のオンナ』終わってしまいました。6話には本気で泣けた。この時期みんなこんなに苦しかったんだな・・・。このドラマはこれからも大事に録画を保存しておいて折々で観て原点を確認しようと思います。ということで前回の続き。キッスの通算11枚目のアルバム『地獄の回想/Lick It Up』が4人の素顔の写ったジャケットを隠して全世界同時発売されたのは高校3年生の文化祭後だから10月か11月だったと思うんだけどその話に入る前にもう少し洋楽に目覚めた時の思い出を書こう。ホール&オーツはアメリカのデュオだけど僕が目覚めた高2の時期1982年はユーロポップというかイギリス勢が全盛期だったかと思います。デビッドボウイ、カルチャークラブ、デュランデュラン、トンプソンツインズ、ABC、スパンダウバレーとかね。中でもABCは僕も結構好きでLP買ったような気がします。『ルックオブラブ/The Look of Love』とか入ってるやつ。うう懐かしい。そんな中で今でもたまに夢に出てくるくらい頭にこびりついているのがフロックオブシーガルズの『アイラン/I Ran(so faraway)』。これ、以前ブログに書いた気がするな。とにかくベストヒットUSAと確かこの頃からMTVジャパンも放映されてたんじゃないかな。名前忘れたけどきれいな女の人のMCのやつ。エイジアとかボストンとかシカゴとかそんな地方名のも流行ったなあ。ライオネルリッチーは特別好きではなかったんだけど当時読んでた『1・2の三四郎』に出てくるキャラが余りに似ててそっちにウケてた。やばい話が音楽と関係なくなってきた。。。なんにせよこの頃漫然と聴いていた洋楽の皆さんは随分大人になってからその良さを再認識したものです。奥手だからとにかく理解するのに時間がかかるようでして。そんなこんなですっかり洋楽ばっかり聴くようになってたなかで前回書いたように遅ればせながらキッスに出会います。らっきょの皮剥く猿のように『キラーズ』をダビングしたカセットテープをそれこそすり切れんばかりに聴いてた時にどうやら次発売の新譜でキッスが素顔を晒すらしいぞとのニュース。この頃には行きつけのレコード屋さんなんてのが生意気にもできてたシンイチ君(18)はそのアルバムをしっかり予約してドキドキとその日を待ちました。さあ皆さん中村梅雀になったつもりで「つづ・く」。
by uegaito | 2017-12-30 17:47 | ロック | Comments(0)
僕が最初に自分の意思で買ったレコード(EP)は中2のときの久保田早紀『異邦人』だって以前このブログでも書いた気がするけど最初に買ったアルバム(LP)はノーランズの『セクシーミュージック』でしてこれが高1の時。そうです全体的に音楽に対しては奥手でして洋楽に触れて興味を持ちだしたのがようやく高1だったと。勉強ばかりしてたからね。世はちょうどPOPSブーム、TVでも華やかなグループものから一体どこから連れてきたんだよこの素朴なおっちゃんはってのまでいろんな洋楽タレントが出まくってましたね。ちなみにこの素朴なおっちゃんてのはクリストファー○ロスだったりしますが。でノーランズからアラベスク、シーナイーストンやらシェリルラッド(女優さんなんだけどこの頃は歌ってたんですよ)といった女性シンガーばかりをしばらく夢中になって聴いてたんだけど高2で突然ホール&オーツに目覚めます。『H2O』の時。遅いよ。やっぱり奥手です。時は1982年。もうキッスは武道館で2年連続の超満員ライブをとっくに済ませてメンバーが不仲になってピーターが辞めてエースもいよいよやばい時期です。ニキビいっぱいのシンイチ君(17)はようやく目覚めた洋楽の魅力にどんどんハマってFM東京(昔はこう呼んでた)の『ポップスベストテン』毎週エアチェックしたりそのうちTVの『ベストヒットUSA』とか観るようになります。駿台予備校の夏期講習行ってる高3の夏休み頃、まだ余裕かまして小林克也さん英語うめえなあとか言いながら観てたときに初めてここでキッスにちゃんと出会ったわけです。思い返せば1977年の初来日の時にやった武道館ライブの模様を天下のNHKが放映した『ヤングミュージックショー』、小6だったシンイチ君(12)は余りの恐ろしさにTVを消したとか消さなかったとか。チャンネル替えたらちょうどジーンの血吐きのアップだったんだから仕方ないよね。結構鮮烈に覚えてますから。そんなんなので早熟だった周りの友達が早々とロックに目覚める中でひとり取り残されていてったと。で高3の夏にようやく出会ったのが『ラビンユーベイビー/I was made for lovin' you』。っておいおいこれ1979年のヒット曲だぞ。高3の夏って1983年だし。まあ奥手なんだから仕方がない。とにかくズギュンという感じで格好良さに参ってしまいまして早速買ったアルバムが『キッスキラーズ/Killers』(汗)。・・・。今思えばキッスの公式ラインナップにカウントされていない日欧だけ発売の新曲4曲入りベストアルバムでしかも1曲だけライブバージョンが入ってて日本版サービストラックに『シャンディ/Shandi』が入ってる不思議なやつでした。実のところ『ラビンユーベイビー』が入ってるのをレコード屋で探したら他にはオリジナルの『地獄からの脱出/Dynasty』しかないですから当時のオリジナルアルバムは収録曲が少なくてベスト盤の方がお得感があったんだよね。入門編としてはこっちの方が良いかなと思ったわけ。結果的にはキラーズを買ってたことで過去のアルバムを集める楽しさが増したので良かったかな。こんな感じで始まったシンイチ君のキッス三昧生活(って書くとなんか変だな)時代は既にMTV全盛期に差し掛かりつつちょうど彼らは素顔を明らかにする寸前だったこともあってもの凄い勢いで熱狂の渦にはまり込んでいくことになります。元々このブログは単にストレス解消のために書き始めたようなものですからね、しばらく自分自身のロック人生(も変だな)を振り返りながらだらだら書いていきたくなった次第です。すみませんね奥手なもので。
by uegaito | 2017-12-29 15:00 | ロック | Comments(0)