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『べっぴんさん』、まさかの朝ドラ史上最低作品更新(←僕の中で)とは本当に残念でなりませんね。前半は本当に面白かったのになんでああなっちゃったんだろう。思い返せば『純と愛』も『まれ』も前半はそこそこ面白かったんですよね。てことは朝ドラを半年間保たせるというのは本当に大変なことなんだっつうことなんですかね。『あさが来た』は奇跡なんだなきっと。確かに『あまちゃん』だって後半はやや作為的だったもののキャストの魅力でなんとか持ちこたえた感はありますもんね。でもそれにしても『べっぴんさん』はひどすぎた。最大の敗因はあまりに若い俳優陣に老け役をさせる無理を通したことかな。完全に学芸会レベルに陥りましたからね。『おしん』みたいに総入れ替えしても良かったかと。さくら役なんて事故だね完全に。コウメと同い年の娘さんにあの役は可哀相ってもんだ。お陰様で有村架純には可哀相だけど次回は観る気なくなりましたのでよろしく。この話は切りが無いのでこのへんにして事故と言えば先日のライン乗っ取りの話を書いておかないと。いまさらですけど。3/13(月)正午頃、始まりは某プロジェクトの実施設計アップ直前の超ドタバタの時にiPadのFacebookメッセンジャーに入った某氏からのメッセージ「今忙しい?」でした。よりによってアップ直前で焦りに焦っている時でしたから「締め切り前で切羽詰まってますが何か?」と応えた僕に対して某氏にしてはやけに思いやりのない要求だなと思いながらも、相手が相手ですしあまり疑わずにリクエストのままに応えてしまったのがいけなかった。しばらくしてから修業時代の同僚から電話が入ります。そう、締め切り前の切羽詰まってるときに(涙)。上ちゃんライン乗っ取られてるよ、と。。。それからはもうほんと大変でした。僕の顔写真付きで、コンビニ行って3万円のビットコインだかなんかを買ってきてくれっておねだりの通知がラインに入って来るって、色んな人から電話やメールで乗っ取りを教えてくれてそのたびに平謝りに謝るわけです。小学校6年時の担任の先生から電話かかってきたときはさすがに参りました。そんなところにまで迷惑かけてたんだって。よりによって締め切り前の切羽詰まってるときに(涙)。引っかかる方が悪いとは言えこういう下らないトラップを仕掛けるくそ野郎にほんと殺意を覚えましたね。色々な方にアドバイスをもらい何とか収束させたのが翌々日だったかな。もうラインのアカウントは削除しましたよ。幸か不幸か元々家族間の連絡を取るためだけに使ってて他の方々とは一切開いてなかったので。コウメにもなりすまし通知が入ったようなんだけどさすがサクッと撃退したようで逞しい。普段からコウメとハッパには何で勉強する必要があるか・・・それは他人から騙されないようにするためだ!と力説している父としてはそれが実践できてるコウメを頼もしく感じる一方でそう言ってる父が騙されるというこの体たらくに面目丸つぶれな最悪の出来事だったわけです。ダメじゃんとか中3の娘に言われるようじゃほんとダメじゃん。
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by uegaito | 2017-03-26 13:53 | つれづれ | Comments(0)
先週末の3/17にコウメさん中学校を卒業致しました。このブログを始めた頃はまだ小学校にも行ってなかったのにね。高校も無事決まりこれで受験勉強は一旦おしまい。よく頑張りましたよ。本人も家族も。4月からは念願のJKですな。これからは穏やかに過ごして欲しいものですお願いだから。思い返せばこの子はカミさん方では初孫でうち方では2ヶ月半早く生まれた弟の娘に初孫の座は譲ったものの向こうは大阪ということもあり要するに4人のじいじばあばの寵愛も一手に引き受けてとにかく何をしても褒められる注目されるというところから人生のスタートを切ったばっかりに超弩級のかまってちゃんに育ってしまっております。もはや親の力ではどうにもならないくらいの立派な内弁慶ぶりですから一刻も早くそのエネルギーを中和してくれる彼氏できないかと密かに祈祷中の父です。情けない。
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by uegaito | 2017-03-20 13:08 | Comments(0)
もうすぐ東日本大震災から6年経ちます。もちろん忘れたことなんかないけどやっぱり段々記憶が薄れていくのが自覚されますね。あの時は竣工目前だった福島県鮫川村の村民保養施設さぎり荘の現場がそれ自体は地震の影響は無かったものの福島県内でガソリンが大幅に不足して工期を1ヶ月延長することになりました。実は前月末で常駐宿も引き払って後始末を始めた直後だったので1ヶ月とは言え延期するのは実は経済的にかなり痛かったですね。自然災害だからもちろん発注者のせいにすることもできず一方的にお金が出ていくのが、被災した皆さんの苦労からすればほんの些細なことなんだけどやっぱりきつかったのを思い出します。震災後僕らが現場に行ったのは3月の終わりに近づいた頃だったと思います。車で東京から常磐道を向かっていつもは勿来で西に行くのだけどこの時は小名浜に寄りました。写真を撮るのがあまりに気がひけて結局この時の記録は全然無くて様子もほとんど思い出せない。だけどはっきり覚えているのは信号機のついた電柱が道路に沈み込んで異様な光景だったことと、対照的に海が穏やかだったこと。鮫川村では元々常駐宿としてひと間をお借りしていた山王の里がいわきから避難された方々を数家族受け容れててそれを村のボランティアの方々がお世話してた。その中の一人、大平さんにはその後数ヶ月僕らは大変お世話になることになるのだけどその大平さんも数年前に突然亡くなってしまった。思えばさぎり荘の設計をするちょっと前にまだ幼稚園を卒園したばかりのハッパを連れてちょうど今頃村を訪れた際にも大平さんちにお邪魔してたんだった。縁を感じますね。話を避難所になった山王の里に戻すとこういう時の男女のキャパシティの差というかそういうのを感じることがありました。お父さんたちは避難所ではお酒を飲んじゃいけないというこもあり相当なストレスを抱えていて弱っている感じだったんだけど対照的にお母さんたちの気丈さというかこんな状況だからこそとばかりに元気に笑って動き回ってたのがとても印象的です。この時初めてイチゴの美味しい食べ方を教えてもらったんだった。3.11の翌日に起こった原発事故も60km以上離れたこの村には直接影響ないねなんてこの頃は言ってたけど実はその後それなりに風雨の影響で汚染されていることがわかって農業が立ち行かなくなったりその事態を早く打開しなければと焦ることがかつてない混乱を村に招いたり。いま豊洲市場と築地移転問題で起こっていることの原型はこの村で起こったこととすごく重なる。東京から騒ぎに来ていたメンツもほとんどかぶりそうだし。震災というより原発事故さえなければ全国ひょっとしたら世界中から注目されたかも知れない素晴らしい取組みをしていた鮫川村なだけに早く元に戻って欲しかったですね。福島県産の食材に対する風評被害にはまだ幼かったコウメやハッパも彼女たちなりに憤って作文にまで書いてたことも今となっては懐かしい話です。そういえば先日石原元都知事が豊洲の件で記者会見してて「科学か風評に負けるのは国辱」って言ってましたけど本当にそう思う。福島に対するこの国の「普通の人々」のバカさ加減には心底ウンザリしています。理科教育の敗北くらい言ってもいいと思うね。3.11というより3.12はこの国のそういう情けない部分をすっかり炙り出した気がします。
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by uegaito | 2017-03-11 11:33 | つれづれ | Comments(0)

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