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録画しておいた映画『パシフィック・リム』をようやく観た。やっぱりねロボットと怪獣には弱いですから僕らの世代は。いやしかしまさか結末が『インデペンデンス・デイ』並みだったとはね。ちょっとショックですね。巨大ロボットが巨大怪獣と巨大都市で格闘を繰り広げて超高層ビルがグシャグシャつぶれる様はスーツアクター気持ちいいだろうなあと思ったりもしたけどお金かけりゃいいってもんでもないだろうに。『GODZILLA』の時も思ったけどハリウッドの人には僕ら昭和40年代日本男子の気持ちは理解できないのかもな。いくら悪い怪獣だって僕らが接してきた奴らには姿形に愛嬌があったというかリアルじゃ無いところにファンタジーがあったというか。昨日観たのには気持ち悪いのしか出てこなかったからね。まあ子供だましみたいなのが出てきたらハリウッド映画じゃなくなるだろうけど。というかハリウッド映画にちょっとでも期待した自分が残念でなりませんでした。今度『ロッキー4』観よう。全然反省してないね。ほんにほんに。
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by uegaito | 2016-03-28 11:19 | つれづれ | Comments(0)
先月竣工引き渡しとなった(仮称)高輪一丁目保育園等改めHUG高輪の竣工式典が一昨日3/24(木)に港区長も列席のもと盛大に行われました。写真のように館名サインも取り付いてもう開園準備万端です。
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この「HUG(ハグ)高輪」というネーミングとロゴデザインは日建設計のNIKKEN ACTIVITY DESIGN LAB(NAD)の手によるものです。今回の施設整備事業に際して建築主・事業主であるライフサポート(株)の側のコンサルとして設計初期段階からワークショップなどを仕掛けコンセプトレベルの揺り戻しをかけてくれました。設計者も施主もどちらも当事者なのでより良いものにしたいとは思いつつ前に進めることだけを考えがちになるものですがNADの皆さんが第三者として加わることで的確に「そもそも論」に立ち返ることができました。しかも彼らは設計者もあるので指摘に無駄が無く本当にありがたい存在でした。そして最後にこんなすてきなロゴマークをデザインしてくれてそれが建物に取り付いた瞬間ぐっと外観が締まりました。この式典の日の小宴で僕は乾杯の発声をさせて頂いたのですがその中で2つ少し時間を頂戴してお話しさせて頂きました。一つは現代の建築設計は一人の才能で作り上げる時代では最早なくてチームが大切なんだということ。スピーチでは緊張してNADさんのことに触れるのを忘れてしまったのですがいわゆる意匠構造設備といった設計チームを越えて施主や施工者など様々な立場の関係者が一つのチームとして同じビジョンのもとで取り組まないと目標を達成できない時代だってことです。細かいことだけど既存建物の杭の位置を避けて構造計画を立てることや保育室の床吹出し空調なんてお互いの領域に踏み込みあいながら調整しなければ実現しません。そしてもう一つは建築家の役割は何かと言う話。今回は認可保育所と小規模多機能型居宅介護施設そして区民協働スペースという3つの異なる機能を一つの建物としてまとめなければならなかったわけですがそれぞれのゾーンへの配慮はもとよりお互いの関係性への配慮、そして地域社会へどう関係させていくかという配慮が必要でした。この中で各施設用途への配慮ってのは経験値が増えれば誰でもある程度のレベルに到達できるテクニカルなものだけど、地域社会への配慮ってのを恥ずかしげもなく真顔で語れるのが僕は建築家なんじゃないかってこの仕事を通じて実感しました。自分がどこまでそれをできたかはわからないけどこの部分は恐らく設計施工でやったら無理だと思いますね。変な利害を背負わないでピュアな物言いをする人が一人いて初めてこういう地域にインパクトを与える建物をソフトランディングさせることができるんじゃないかな。だから建築家という職能なんてそのうち絶滅するんじゃないかって気を揉んだ時期もあったけど今では絶対に無くならないって強く思うようになりました。このような社会的意義の大きい建物の設計者に抜擢して下さったことを関係者の皆様に心より感謝したいと思います。50歳にしてようやく少し見えてきた気がします。もっともっと頑張らねば。ほんにほんに。
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by uegaito | 2016-03-26 10:52 | 建築 | Comments(0)

5年と震災と記憶

もう東日本大震災から5年経ってしまいました。5年前の今頃は竣工間際だった村民保養施設さぎり荘の工事がガソリン不足で止まってしまってて1ヶ月の工期延長手続きをしたりバタバタしてましたね。現場に行けたのは確か3月末で、現場常駐してた後藤君の定宿だった山王の里が避難所になっていわき市から避難された方々が何家族か滞在してました。避難所は飲酒が禁止なので旦那さんたちに結構ストレスが溜まってた印象がありましたね。でもお母さんたちは明るく逞しかったな。イチゴはへたを取って最初にへた側をかじってそれから残りを食べるとより甘く感じて美味しいってこの時に避難されてたお母さんから教えてもらいました。今でもイチゴはそうやって食べてます。さぎり荘は結局3月下旬から工事が再開して、と言ってももうほとんど出来上がってたので最後の調整やらクリーニングやら検査やらだけで、無事4/29にオープンを迎えることになりました。僕も生まれて初めてテープカットさせてもらいましたね。あれからもう5年が経ちます。3.11後に初めて鮫川村に向かう際に小名浜漁港に寄ったんだけど本当に言葉を失ったものです。液状化で電信柱が沈んでて信号の高さが目の高さくらいだったり。それでも海は何事も無かったかのように穏やかで。ほんの2ヶ月前に高速バスの最終便を乗り損ねてやむを得ず一泊した勿来のスーパー銭湯が津波の被害で閉鎖してて。あの頃は鮫川村に泊まってるとしょっちゅう「どーん」とまるで大砲が撃たれたような地鳴りがして肝を冷やしたものです。これは当時もこのブログで書いたけど朝出かけるときにまた家族が揃って会えるかどうか不安で夜帰る度にしみじみ家族一緒の幸せを噛みしめたり。テレビをつけるとACの公告ばかり流れてましたねそういえば。それから計画停電が始まったり。なぜか墨田区や台東区は計画停電が一回も無かったけど。こういうことは忘れてはいけないですね。たった5年でもうだいぶ記憶が薄れかけてます。
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by uegaito | 2016-03-23 12:53 | つれづれ | Comments(0)
もうね、あたかも三日ぶりに投稿したような顔してしれっと書き出すことにしましたからね。高輪一丁目の現場、実はもう完成してました。黙っててすみません。思い返せば2年前の夏に建築部分の提案をお手伝いした事業プロポが無事選定されたのが2014年の秋でして本格的に設計開始したのがその年の11月初旬、確認申請事前受付を翌2015年の2月頭に放り込んでその月末には見積もり用の実施図をアップさせつつ確認申請本受付をして3/31に済証を取得という怒濤の設計工程でしたがその後施工者が飛島建設首都圏支店に決まって着工しましたなんて書いたのが5月下旬。杭打ってコンクリ打って12/2に上棟のお祝いをしたりしてたら更に年の明けた今年2/18にとうとう引渡となりました。いやはやほんとに全速力で駆け抜けたって感じでした。その後保育と介護それぞれの行政検査も済ませて開園準備に入ってますが今週24日の木曜日にはいよいよ港区長も招いての竣工式です。14:00〜17:00には一般公開もありますのでこれ見た方は是非いらして下さい。今日は東京地方にサクラの開花宣言が出た模様ですから3日後はかなり期待できそうですしね。なんたってこんな感じでサクラに囲まれてるんですから。
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外観写真をもっと載せたいのはやまやまなのですが結構とんでもないところに無粋に電信柱がいたりして然るべき処理した写真が上がるのをお待ち下さい。いやしかし独立してもうすぐ満16年ですよ。早いなあとかそういう呑気なこと言ってる場合じゃないです。そろそろいったい何やってんだって突っ込みたくなる年数ですね。いつまで経っても安定とはほど遠いのが現代の建築設計事務所の実情でしてそれは雑誌にばんばん出ている有名建築家でもあまり変わらないというから困ったものです。現代は建築家の成功モデルが失われてしまって学生も目指そうという魅力を感じなくなっているようなのですがどの世界でも後進が魅力を感じなくなったら衰退に向かうのが常ですから何とかしてちゃんと頑張っている人が活躍できる世界になって欲しいなと思いますね本気で。最近のニュースでは保育士の賃金が問題になってますけど建築士もかなりやばいですからどうかこういう知的労働を適正に評価できる世の中になって下さいよ本当に。どうして最近書き込みが無かったかがちょっと垣間見れた愚痴っぽい投稿だなあ。頑張れ50歳。ほんにほんに(これちょっとしたマイブーム・笑)。
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by uegaito | 2016-03-21 16:31 | 建築 | Comments(0)

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