<   2014年 01月 ( 7 )   > この月の画像一覧

すごいねSTAP細胞、iPS細胞を超える快挙のようですが、この小保方さんて学生時代の研究テーマが「東京湾の微生物」ってのが何より素晴らしい。ミクロガールの先輩を見習ってハッパも頑張れ!久しぶりにツイッター並みの書き込みでした。
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by uegaito | 2014-01-30 15:18 | 我が家のことですみません | Comments(0)
ミクロガール街道まっしぐらのハッパさん、去年の夏くらいからだろうかミジンコを自分のテーマキャラにしたようで、それまでなにかにつけて描いていた「マル」と呼ぶ謎のパンダ(らしき)キャラを一掃してひたすらミジンコ&ミジンコ。最初のうちはミジンコ以外にもボルボックスやらミカヅキモやら(しかし変な子だなやっぱり)描いていたのが今ではすっかりデザインされたミジンコ一辺倒でございます。なんのこっちゃだね。
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この絵は昨夏に夏休みの宿題で描いた怪作。ミジンコの小さなからだの中に楽園の世界が見えてるのね。なんか深いのね。ちょっと怖いのね。かなりよく描けていると思ったのだけどあまりに不気味だったのか先生の評価は低かったようです。ちょっと宗教がかって見えるしね。もちろん一切関係ないですからね。コウメがしっかりした優等生路線を歩んでいるのと対照的にハッパは見事なまでに不思議ちゃん路線まっしぐらです。これであと3ヵ月もすると最上級生ですからね。大丈夫なんだろうね。
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by uegaito | 2014-01-29 20:51 | 我が家のことですみません | Comments(0)
『あまちゃん』が終わって4ヵ月。次の『ごちそうさん』結局毎日観てしまってますがどうも僕は西門悠太郎が苦手です。演じている俳優さんの問題ではなくキャラクターとしての悠太郎が苦手なわけです。建築設計者がなんで土木領域の地下鉄工事に関わっているのかという細かい話は置いておいて(物語の頃の昭和初期は一緒くただったのでしょうかね)あのあまりに安全安心を熱を込めて言い過ぎるのが辛いんです。物語では彼がそうなった背景が説明されているのでそれ自体には文句なはないんですけど、この「西門悠太郎的なるもの」に対する違和感がずっと昔から僕にはあるせいで、一種のアレルギー反応を起こしているんだと思います。技術者って正しいことしか言いません。もちろんそれでいいんです。けど全部それだった結果が例えば僕らが育った頃の寒々しいコンクリートの箱な小学校校舎だったりするわけで、正しいことだけでは建築はやっぱりダメなんですよね。西門悠太郎の安全性に対する熱意は単なる感情の暴走だよ。ついでに書いておくと竹元勇三はイタ過ぎます。ああいうのも建築家に対する偏見を助長されそうで嫌だなあ。ドラマをわかりやすくするためとは言え、両極端なのを僕の専門の世界で描かれるのはたまらん。情熱的なのって理系っぽくないので、悠太郎熱くてかっこいい、ってなるのかも知れないけど、それは大きな誤解です。有能は建築家はパッションを以て人々に感動を与えるのだと、かの大御所高橋てい一先生(90歳)はおっしゃった。パッション。僕(48歳)が思うに、理性で制御された情熱的感情、とでも言いましょうか。単なる熱意だけでは正しいかも知れないけど押しつけにしか見えない。理屈だけでは見る人の心に訴えかけることはできない。冷静な知見と先見に裏付けされた意見を感情を込めて相手に伝えることのできる人が大きなものごとを動かせるんだと思うんですよね。政治家も同じかもね。該当者が極めて少ないのも似てるかもね。とにかく僕(48歳)もパッションな建築家(なんだそりゃ)を目指して頑張ろうと思ってますから西門君もどうかひとつよろしく。竹元君は大いに反省して下さい。
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by uegaito | 2014-01-26 15:51 | つれづれ | Comments(0)
昨日は公益社団法人日本建築家協会(JIA)関東甲信越支部新春の集いでした。この手の催しを執り仕切るのは総務委員会の仕事でして僕もその総務委員の一人として第1部の会員懇談会を担当しました。今年は自分自身の危機管理意識を高めていこうということで連続シンポジウム「厳しい時代に建築家が創造的であり続けるために」という総合テーマを掲げ、その第1回目をこの会員懇談会として「建築家を取り巻く厳しい現実を知る・その1〜契約・監理にまつわる事例から」と称したシンポジウムを企画しました。内容についてはまた改めてか、別のところで紹介するかしたいと思うんだけど、このシンポジウムのコーディネーターというか進行役を、あろうことか僕がやったってのが今日の話題です。会場に集まった参加者は(僕の勝手な希望的)予想に大幅に反して30名ほどでほとんどが「大」がつくベテランの会員の方々ばかり。多分この日の最年少会員は僕でしょう。登壇された講師の先生方は建築家であり建築士会の講習でもお馴染みの後藤伸一さんと、建築紛争に詳しい建築家の大井清嗣さん、JIA支部相談委員会顧問をされている弁護士の田中峯子先生。その道のベテラン揃いです。いいのかオレって感じで不安感満タンでシンポジウムスタートしました。案の定仕切り切れるわけがなく会場からの先輩方の活発なご意見に支えられつつなんとか時間をこなしたって感じでした。自分で言うのもなんですが僕って裏方が向いているんです昔から。占いでも参謀タイプって書いてましたから。なので東大の大月先生のようなキレのある進行は望むべくもなく、しどろもどろのうちに2時間半が過ぎていきました。終わってから、さぞや会場の諸先輩方から苦言を呈されるだろうと身構えておりましたところ、結構企画を含めてシンポジウムを褒めて頂けてなんだか体中の力が抜けました。変に具合が悪くなって、帰宅してそのまま布団直行したくらい。こういうのはやっぱり向いてないんだ要するに。言い訳するわけじゃないんだけど別にプレッシャーではないんです。そういうのはもう卒業したというか。要するに自分の中で理想型があってそれに達していない自分が嫌で仕方がないんですね。だもんで、早々に寝たくせに朝方目が覚めたら(まさに)自己嫌悪で寝られなくなったり。バカでしょほんと。こういう時って色んな過去の自己嫌悪案件を一気に思い出すんですよ。あああの時もバカだった、この時も失敗したって。ご愁傷様です。朝起きて久しぶりに胃がむかむかでした。大事なことは結構ポカッと忘れるのにこういう無意味なことをいつまでも引きずるのはもういい加減やめにしないとな。わかっちゃいるんだけどね。そういうことで。
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by uegaito | 2014-01-11 18:37 | つれづれ | Comments(0)
この拙いブログを楽しみにこっそり見て下さっている群馬のユルキャラぐんまちゃんのイラスト付き年賀状を下さった方、すみませんがお名前をお教え頂けますでしょうか?お名前もご住所も差出人情報が何も書いてなくて気になって仕方なくて仕事も手に付きません(苦笑)。誰だろうほんと。
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by uegaito | 2014-01-09 14:35 | つれづれ | Comments(0)
別に心を入れ替えて毎日ブログ更新しようなんて思っているわけではありませんが奇跡の連続投稿です。年賀状って書くの本当にしんどいけどもらうとやっぱり嬉しいですよね。毎年いただいている方から来ないとなんか心配になるものです。今年はそれがあまりに多いのでおかしいなと思ったら自宅宛が古い住所に送って下さってたようで大勢の方々に二度手間を強いてしまって本当に申し訳ございませんでした。実は今の住所に引っ越したのはもう5年前でして(汗)以降毎年年賀状の季節には転送手続きをとり続けてましたのでちゃんと届いていたんです。その間にこちらが引っ越した旨をお伝えすることを怠っていたため、転送手続きをうっかり忘れた今年は宛先不明になってしまったというわけですね。思えば僕は引っ越しが趣味というわけではないんだけど結構転々としてまして、年始めということで辿り直してみたいと思います。まず生まれたのは両親が結婚して最初に住んだ千葉県市川市菅野【1】だそうでここに2歳半までいたそうです。もちろんほとんど記憶にございません。その後埼玉県越谷市大里【2】に引っ越しましてこの地域で更に1回引っ越します。弟と妹が生まれたのはこの大里の2軒目【3】に住んでいる時です。小学校5年生の1学期中に同じ越谷市内ですが越谷市大泊【4】、後に史上最も近くに住む生徒として通うことになる県立越谷北高校の正門の正面に引っ越します。ここは結構長く住んでまして25歳でひとり暮らしをするまでずっと自宅通いってやつでした。ひとり暮らしを始めたのは2件目の就職先である親分の事務所に通い始めてふた月ほど経ってからでしょうか。あまりのハードさにこりゃたまらんとてもじゃないが越谷から通ってられんと、徹夜明けのふらふらの状態で帰る途中広尾駅で思わず不動産屋さんにふらっと入って確かそのまま物件を見て決めた記憶がありますがなにせ連チャンの徹夜明けだったもので真相はわかりません。とにかく1992年、27歳で東京都渋谷区広尾の1K木賃アパート【5】でひとり暮らしを始めます。っていってもほとんど寝に帰るだけですが。ほどなくして現場担当として御殿場常駐となり広尾のアパートをそのままにして1993年、身一つで静岡県御殿場市【6】に引っ越します。その間広尾には何故かキムさんが住んでました(笑)がさすがにもったいないので引き払います。この間に実家も母校の正面から脇に引っ越します。そして御殿場の現場が終わりに近づく頃、結婚を控えて1994年夏に新居として引っ越したのが東京都荒川区荒川【7】で、ここで2年新婚生活を営みます。ずっと住んでたかったのですが1994年暮れの新婚旅行から帰ってきた1995年正月に空き巣に入られていたことがわかりましてさすがデンジャラス東京の洗礼を受けたわけです。これが遠因となって一瞬京都府日吉町に単身赴任常駐かというんで1996年、夫婦二人の実家が近い埼玉県春日部市大枝【8】に戻ります。ここは久しぶりに腰を落ち着けることになり、常駐もなくなりここから当時魚藍坂にあった親分の事務所に通い、そのまま1999年に退社独立、ほどなくしてコウメとハッパが続けざまに誕生します。その間自分の事務所は越谷市から今の台東区蔵前に移りまして追いかけるように2005年コウメの幼稚園入学に合わせて東京都墨田区八広【9】に引っ越し、その後2009年ハッパの小学校進学と同時に東京都墨田区東向島【10】に引っ越して現在に至ると。都合9回引っ越してるんですね。そんなもんなんだなしかし。生まれてから僕と結婚するまで引っ越したことのないカミさんからすると、結婚してから随分転々とさせられてると思ってることでしょう。でもまだまだ僕は引っ越す気満々ですからよろしく。無意味に長かったですが実のない話ですみませんでした。
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by uegaito | 2014-01-05 17:21 | 我が家のことですみません | Comments(0)
新年明けましておめでとうございます。いよいよ会社設立10周年&結婚20周年&ちなみにうちの両親の結婚50周年の2014年が始まりました。両親は金婚式だけど僕らは何だろうと思って調べたら磁器婚式または陶器婚式なんだそうですね。セラミック婚式ね。耐火性能が高くなったね。昨年は年の瀬ギリギリにとても嬉しい報せがありました。ウチの最強スタッフのキタワキ君が念願の1級建築士試験に合格しました。そもそも僕もだけど何浪もしてようやく取れた免許だから本当に大事にしないとね。ちなみに僕は学科で5回実技で1回落ちまして都合6浪しております。すごいよね。さて年々てきとーになるこのブログ、年明け早々去年の話題でスタートです。すごいよね。日本工業大学建築学科で非常勤講師を務めて4年目、UR武里団地を課題のフィールドにして3年目になりますが、今期の2つあるうちの最初の課題を昨年11月6日に団地内の公民館で住民の皆さんや専門家の方々を招いて発表会したんです。その発表の1つに、団地が夜間暗いところが多くて不安なので街灯を増やしたい、ついてはみんなでまず灯籠を作って自分が暗いと思うところに置いてみようというワークショップイベントを行い、その結果必要とみんなが思うところに街灯を設置しようという案がありました。そのアクティビティ自体が、夏祭りに代わって失われつつある団地内のコミュニティを再生するきっかけになるといいなというなかなかのアイデアでした。毎年こういう優れた提案があるのだけど大抵は現実的にはなかなか難しいよねというリアクションをいただきます。ところがこの時は違いまして、この発表を聞いていた団地自治会の役員の方々が、面白そうだからできることからまずやってみようとなりまして、本当に実現してしまったんです。時は12月22日の冬至の日、うまいこと今年は日曜日に当たったのでオリジナルのアイデアとは少しずれるけど団地の中心的な公園でキャンドルナイトをやろうって。その名も「武里団地1万人のキャンドルナイト」。官学連携アクションで団地に住む日工大生と課題に取り組む3年生が中心となって、キャンドルづくりのワークショップと点灯イベントを団地の皆さんと一緒に本当にやってしまいました。人出が心配されたけど蓋を開けてみると大勢の子ども達がキャンドルづくりに参加してくれて、日没前のキャンドル点灯ではこれまた大勢の皆さんが見に集まってくれて、ちょっとした感動イベントでした。その時の様子の写真ね。
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きれいでしょう。この様子は春日部市のHPでも紹介されました。なにげにレジ袋ぶらさげてる48歳二女の父が写っている(汗)。5年続けば絶対東武沿線の風物詩の一つになるんじゃないかと思うんだけどどうだろう。それほど綺麗で印象的な夜でした。そんな感じで2013年は幕を閉じて明けた2014年は早々の8日に2つ目の課題発表会がまた行われます。さて今度はいかがでしょうか。
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by uegaito | 2014-01-04 18:03 | つれづれ | Comments(2)

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