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全体像と内緒ともうすぐ

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そしてこれはエントランスから大浴場を見たところ。全体像はまだ内緒(笑)。竣工は予定よりも結局延びてしまいます。
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by uegaito | 2011-03-29 08:28 | 現場進行中 | Comments(0)

地震と中断と再開

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地震で中断していた工事が徐々にですが再開し始めた鮫川村村民保養施設の現場。もう足場は地震の2日前に解体されていたので全貌は露わになってます。これは大広間の山側。
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by uegaito | 2011-03-28 14:57 | 現場進行中 | Comments(0)
今日は小学校の修了式、3学期もとうとう終わりました。終わってみるとあらびっくり。なんとハッパさん2年間皆勤賞なのでした。しかももはやクラスで1人だけなんだとか。へえ〜あの泣き虫のハッパがね〜。ちらっと通知表を見せてもらったらどうも学校ではしっかり者でテキパキしているらしい(汗)。ほんとかよ。ではあの毎朝のぼ〜っとした状態はなんなんだろうか。学校で全エネルギーを使い切ってるのかなあ。どっちにしても親の知らないハッパってのが学校には、いるみたいだね。それから今日の午後はコウメの所属するスクバンのコンサートもありました。ほんとは3/12の土曜日にやるはずだったんだけど、そう、地震の翌日でしたから今日に延期されたんです。3〜6年生100名余りで構成されるスクバン、コウメさんはまだ最下級生のド下っ端ですから、上級生に埋もれてどこにいるかも良くわからない始末だったけど、きっとちゃんと演奏できてたことでしょう。残念ながらコウメは皆勤賞は逃してしまったけど毎朝30分早く登校して早朝練習、大したもんだよな。この子はほんとにしっかりしている。親でもわかるくらい。さて短い春休みを終えるといよいよ二人は中学年。しかし早いなあ。
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by uegaito | 2011-03-25 21:39 | 我が家のことですみません | Comments(0)
だいぶ回数は減ってきたとは言え結構大きな揺れがまだ続きますね。妙に慣れてしまった感じがいいのか悪いのか。恐がりなうちの家族も震度3くらいではそんなに騒がなくなったな。今朝方なんてそこそこ揺れてたのにコウメもハッパもグーグーいびきかいて寝てたもんな。枕元には地震の翌日から必ずヘルメットと水と懐中電灯をちゃんと置いてるという几帳面なコウメさんだけどね。ちなみにヘルメットは去年サンタさんにもらったという、リップボード用のヘッドガードですが。なんにせよ用心に越したことはないですからね。そういえば我が家の食卓は地震時の唯一の避難場所なんですがこれがまあそんなに大きくないものでして、カミさんと娘達がもぐると定員一杯になります。思えば地震が来る前から何故か娘が起きている時間に僕が帰宅すると二人は必ずここに隠れてまして、それを僕に探させるという予定調和な遊びにつき合わされてます。今ではハッパは飽きたようでコウメだけが相変わらず隠れる。もうこうなったら嫁に行くまでやってくれって感じだ。それと地震は関係ないけど要するに我が家で隠れるところって言ったらそこしかないというお話しでした。なんだ今日は。
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by uegaito | 2011-03-24 09:52 | 我が家のことですみません | Comments(0)
一向に口内炎が良くならない。薬を塗っても飲んでも休んでも良くなるどころか悪化していく一方。今回ばかりはさすがに参ってます。なんだろうね。あまりの痛さに何にもやる気が起きない。歯の痛みに近い辛さってところかな。ということで久しぶりに健康または不健康なのでした。
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by uegaito | 2011-03-22 14:45 | 健康または不健康 | Comments(0)
久々に口内炎がひどい。ちょうど地震起きた頃にできた感じでやっぱり目に見えないストレス感じてるのかもね。とにかく美味しいものを食べても美味しく感じないというかお腹が減るのが腹立たしく感じるくらいですからね、なんとか収まって欲しいもんだ。この3連休はコウメとハッパだけカミさんの実家に行かせた。行かせたというか、ずっと前から行きたがってて約束してたことなので特別避難を考えてのことではないんだけど、なだかんだいってもやっぱり向こうにいた方が安心だ。自分で設計した住宅ですからね。ところで地震後に発行された週刊誌では軒並み緊急地震速報に対して否定的な記事が書かれてた。要するに誤報ばかりで役に立ってないんじゃないかって。だいたいこういう記事書く人はテクノロジーに対して妙な無謬信仰というか思いこみを持ってるんだろうと思う。ちょっと冷静に考えたらほんの数年前まで地震というのは突然来るものだったんですから。それが「もしかしたら20秒後に震度5の地震が来るかも知れません」って一応の根拠をもって知らせてくれるだけでも十分有り難いわけで、基本は人間が作ってるシステムなんだから100%当たりなんてあり得ない。誤報があったからって目くじら立てて怒る方が野暮ってもんだ。イヤなら受信しなければよろしい。ちなみに地震の時に鮫川村の現場にいた後藤君の話では、現場の職人さんの携帯が一斉に警報を発して15秒後に地震が来ると知らされたので脚立から降りたりして大きな事故にならずに済んだんだって。これで十分じゃないの。警報がなかったらあれだけの揺れ、足場の上の方の人は落ちていたかも知れない。そう考えたら本当に有り難いシステムだよまったく。
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by uegaito | 2011-03-20 12:08 | つれづれ | Comments(0)
そしてなんとか3人の連携と一部他チームのヘルプもあって午後は64棟、担当エリアを全て回ることができた。その後再度対策本部に集合し判定レポートのまとめをして夕方6時過ぎに解散、早々に帰路について夜の8時過ぎには帰宅。さすがに観光ではないからね、打ち上げとかはナシ、それに都内も大規模停電の懸念が広がってまずは電車が動いているうちに帰ろうと。8時頃の都内(といっても墨田区)は道路も深夜と見まがうばかりの閑散さ。まだまだ緊張状態は続いているわけだ。そして帰宅、再び家族全員が揃ったことに純粋に感謝。さて話が前後するのがこのブログの特徴でして、お手伝いに行ったこの桜川市はまだ茨城県の中では被害が小さい方なわけです。実は北茨城はずっと深刻な事態になっている。でも例の放射線飛来問題で応急危険度判定もできずにいるとのこと。そして最初の地震から5日経ってようやくの東京建築士会への被災地からの支援要請。もちろん東京士会側は早々に支援体制を整えてた。聞こえてくるのは「メンツ」という言葉。誰がとはここでは書かないけどそういうことを気にしている場合じゃないだろうに。潰れて困るのはあなた方のメンツではなく被災者の家だ。そこのところを、取りまとめる立場にある皆さんにはよくよく肝に銘じて欲しいと偉そうに思った今日この頃でした。そういうことで。
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by uegaito | 2011-03-18 15:46 | つれづれ | Comments(1)
とまあかっこ良く進んでるように書いちゃったけど実際は大変です。だって勝手にひとんちに入り込んで「あなたの家は危険ですから赤ね」ってやっていくわけですから、そりゃあちょっと待ってよってなることもあるもの。大抵の住人は逆にこちらを労ってすらくれるんだけど、ご商売をされてるところだと「危険」のレッテルは客足を遠のかすのではないかと心配になるのが人情。判定する方も被害の悲惨さと併せてなんとも気の滅入るものでした。ところでこのエリアの被害状況はというと、本震の震度は6だったとのことだけど、パッと見た感じは道路もほとんど無傷だしそれほどでもないように見えた。しかしこの地域の特徴である石塀や立派な瓦屋根がやっぱり地震の餌食となったようで、多くの塀が倒壊、棟瓦が崩落していた。もちろん瓦屋根だからといって全て壊れていたわけじゃなくて、地元の建築士の話だと瓦職人の腕によっても結果が違っているそうだ。それから方向。当たり前だけど震源との位置関係で大きく揺れる方向が生じるので、ここの場合は震源の方向は北東になるので、若干南北方向の方が大きく揺れるて一般的な南向きの家はどうしても棟瓦が揺れの影響を受けやすいんだろう。いずれにしても阪神淡路大震災、中越・中越沖地震などで被害の大きさが一般にも注目されたはずの瓦屋根、それ自体は大切に守るべき伝統文化だけどだからといって何も手を加えないでいるのはやっぱり危険だということを改めて目の当たりにした。柱梁の傾倒、土壁の崩落は、その意味では不可避だったと言わざるを得ない。地震の起きない地域はこの日本には皆無なのだと肝に銘じて、全ての建築を耐震対策していかないといけないと改めて実感した一日だった。
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by uegaito | 2011-03-18 15:45 | つれづれ | Comments(0)
続き。東京建築士会青年委員会OB美和健一郎さんの運転で同乗メンバーは小川さん、小野さん、松村さん、畠山さん、僕の6人。行程は予想以上にスムーズにいって午前4時前に集合場所の桜川市役所に到着、仮眠して時間通り到着した木内さんと合流して8時半から現地の皆さんと一斉ミーティング。ここで思わぬ再会、大学の後輩で水戸と筑西で設計活動をしている大山早嗣さんが筑西から参加されていた。既にこの日で6日目とのことで調査が残る3つのエリアに総勢30名足らずの判定メンバーが割り振られて僕は小野さん、松村さん、木内さんと一緒に4人で回ることになった。4人中3人が初参加なのでやむなし。午前中この4人で15棟回り、判定ガイドラインに沿って確認済(緑=問題なし)、要注意(黄)、危険(赤)の3種の紙を貼っていった。昼に一旦本部に戻って昼食と途中集計、午後は木内さんが別チームに再編されて僕らは3人で残されたエリアを回ることになった。昼のうちに残りの計画を立てたら1件当たり2〜3分で回らないと時間内に全部確認できないことを知り、かなり効率よく進めないといかんと確認。なんせ応急危険度判定というのは震災直後に危険性の有無を確認して危険な建物には近づかないよう注意を喚起するのが目的、つまりいつまでも時間かけてやるものではなく、この17日が市が計画した判定作業の最終日だったから終わらせないわけにはいかない。午前中でだいぶ要領がわかったので午後は3人が役割をしっかり分担し、無駄なく動けるようになった。
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by uegaito | 2011-03-18 12:38 | つれづれ | Comments(0)
地震発生から今日でまる1週間。余震の恐怖はまだまだ収まりそうにない。以前所属していた東京建築士会青年委員会のメンバー専用メーリングリストにOBも登録されたままになっていて、地震発生直後からこのMLを通じて応急危険度判定のボランティア出動準備が始まった。講習会を受けて登録証を得るこの応急危険度判定、僕は持っていないのでいったい日頃何をやってたのだと自責の念に駆られまくってたんだけど、MLの書込の中で判定作業は2人ひと組で最低1人が登録証持ってればいいと知って、ボランティアメンバーの登録に名乗りを上げた。一方通常業務の中で焼津のプロジェクトで構造設計をお願いしている木内達夫さんと仕事のやり取りをしているなかで、当然今回の地震の話になり、彼も建築の専門家として指をくわえているだけなのが悔しいと。そんななかでの士会青年MLで突然の判定士派遣決定に伴う希望者募集のメールが届いたのが16日の夕方6時半。この日の深夜に集合して翌17日朝から終日茨城県桜川市で応急危険度判定作業の応援をすると。どうする。木内さんにすぐ連絡、彼は翌日に先約があったものの調整して参加を決意。僕も行こうと決めたものの東京だっていつ大きな地震が来るかわからないから家族が遠くに離れるのが気になって決断できず。実際仕事はそういう理由で出張を延期しているんだから。だけどここで不参加を決意したらずっと後悔したままになってしまいそうで、ここで行動しないでなんの建築士かと自分と家族に言い聞かせて参加を決意した。この時点で派遣先の情報はほとんど無く余震の不安も拭えず、なにをどう準備したらいいかもわからず、取りあえず帰宅して防寒と普段老朽建築の相談で持っていく道具一式をまとめ、風呂入ってとにかく仮眠した。バイクで行く木内さんとは現地集合にして僕は士会メンバーの乗り合いにピックアップしてもらい自宅を午前2時に出発、6人で集合場所の桜川市役所に向かう段取り。極度に心配して不眠になってしまったカミさん、それでもおにぎりを作ってくれてた。離れること、余震のこと、子供たちのこと、いろいろ心配かけてしまって本当に申し訳ない。お守り代わりにコウメに貸してもらった彼女のナップサックにおにぎりを詰めていざ出発。続く。。。
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by uegaito | 2011-03-18 11:02 | つれづれ | Comments(0)

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