設計生活25年とこじらせ君と続く悩み

この仕事を始めてから未だに悩むことがまあたくさんあるんですがその中でもとりわけ悩むのが自分のやってることが果たして本当に相手の望んでいることなのか、という極めて根本的なことなのであります。教師生活25年じゃないけど学校出てからもう25年以上経つのに相変わらずこのことで悩み続けてる。要するに僕はこじらせ君になってないだろうかと自問自答を繰り返しているわけであります。話を大袈裟にしたりこじらせてないだろうか、そんなこと頼んだわけじゃないのに〜なんて困らせてないだろうか、とかね。なんでこんなことで悩むのかといえば、僕らの存在価値は一方で、相手が想像していないようなところにまできちんと手をかけるというか流行り言葉でいうと見える化するというか、それもう古いです?ああそうですか、まあそういう微妙な提案性を常に内包する立場だからなんですね。言ってる意味がわからない?僕も書いててわかりません。つまりですね、言われた通りにやればいいのであれば僕でもなくてもいいわけで、僕が頼まれるということはそれなりの解決策を期待されているからだと思って取り組むわけです。だからそれがいい方向に転んだときは非常に喜んでもらえるわけなんですが、逆ですよね心配なのは。こじらせ君と思われることほど辛いことはないもんなあ。だから今日も悩みます。明日もきっと悩んでいることでしょう。どんどはれるのか。
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by uegaito | 2015-10-08 18:45 | つれづれ | Comments(0)

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