他人事と持続可能性と人の営み

原発が動かせないと電力が不足するから太陽光で発電しようなんですか。そうですか。3.11が突きつけたものってそんな安直な話ではないですよね。原発も太陽光も風力も所詮は機械モノでして、こいつらを造っておけばあとは自動的に電力が賄えるっていう極めて他人事のような発想が、たぶん3.11によって価値転換を迫られたんじゃないかと僕は思うんですよね。よくよくこれらを眺めるとどれもに共通しているのは、人はあくまで利用し享受するだけの存在で、発電サイクルからは外れているってこと。これって実は近代化そのものがつまり「人」をあらゆるサイクルから外してきた結果でして人件費が一番コストかかるからそれをカットできれば安く提供できますっていう発想は、確かに買う側としては有難い話だけど実はあまりに失うものも大きかったってことじゃないかしらん。人の営みも一緒に組み込まれたサイクルを作れないと、持続可能な仕組みをここで提示できないと、この先結局同じ悲劇を繰り返すだけだとちょっと悲しい気持ちになってましてね。例えば休耕田にメガソーラーを造って発電基地にしましょうとかって、どうせ空いてる土地なんだから発電した方がなんぼ合理的でいいじゃんという理屈なわけですが、この話の中には人の営みが全くすっぽ抜けてて、原発を造る時とほとんど同じメンタリティなわけです。いちいちここでは書かないけど造ったことで生じるであろうマイナス面はちゃんと検証せず大義ばかりを叫んでいるってのはもうやめないとね。「休耕田を活用して電力不足を賄えないだろうか」という命題があるとしたら、そこに人の営みをしっかり組み込んで考えなきゃダメだって強く思うわけです。例えば休耕田でバイオエタノール用の作物を作って、バイオエタノールで個別に発電できる仕組みを考えるとか、そんなの今の日本の技術力を持ってすれば大したことでは無いと思うんだよなあ。農地というのは人間が食べるものを作るところだから燃料の原料を作っちゃダメといかいう役所の見解を又聞きしたことがあるけどこれってこうやって解決している県もあるみたい。制度は人間が作るものなんだからね。何のために作るかってそりゃあ人間が暮らしやすいようにでしょうに。とにかく今足りないからって安直にへんてこな行動を起こすのは是非やめて欲しいと、そういういうことで本日の私のご挨拶に代えさせて頂きます。
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by uegaito | 2012-05-26 14:27 | つれづれ | Comments(0)

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